長嶋茂雄のプロ野球現役時代17年間を画像79枚と共に振り返る
『ミスタージャイアンツ』『昭和のプロ野球界のスーパースター』として日本のプロ野球界だけでなく、その独特のユーモアセンスと明るいキャラクターで世間一般でも愛される長嶋茂雄さん。
現役時代は言うまでも無く、現役引退後も監督としての活躍ぶりは誰もが知るところの知名度はもはや説明不要ですね!
現役時代を直接見ていない世代にとっての長嶋茂雄さんはどちらかと言うと『面白い人』『記憶に残る選手だった』の印象が強いかもしれませんが、『現役時代の長嶋茂雄さんって実はこんなにスゴイ選手だったんだ!』と思えるよう、長嶋茂雄さんの現役時代の成績を画像と共に振り返ってみました。
現役時代を直接見ている人も、ぜひ当時の懐かしい画像でお楽しみください!
※長嶋茂雄さんは誕生日が2月20日の早生まれなので年度で考えれば1歳若くなりますが、長嶋さんの年齢に併せて表記しています。
また、『長嶋』『長島』と2通りの表記がありますが、ここでは『長嶋』で統一しています。
1958年(プロ1年目・22歳)
入団1年目の長嶋茂雄さん、早速打点王・本塁打王を獲得して新人王に輝きベストナインにも選ばれました!
ちなみに、新人王と打点王との同時受賞は史上唯一と、この時点で既に長嶋茂雄さんのスター性を感じさせられますね。
本塁打がリーグトップの29本、これも素晴らしい成績なのですがそこは長嶋茂雄さんらしい(?)エピソードがありました。
9月19日に行なわれた対広島戦(後楽園球場)で新人記録となる28号本塁打を放ったのですが、一塁ベースを踏み忘れて本塁打が取り消しになりました。
※この時の記録はピッチャーゴロ
ですがそこで終わらないのが長嶋茂雄さんで、翌9月20日の対大阪タイガース(現・阪神)戦で28号を打ち直し新人本塁打プロ野球新記録を達成しました!
ちなみに、もしこのベースの踏み忘れがなければ新人としても巨人の選手としても、唯一のトリプルスリー(打率3割・本塁打30本・30盗塁)の記録を達成していたはずでした。
何とも惜しいところですが、1年目で既に伝説(?)を作りましたね(笑)。
| 打率 | 打点 | 本塁打 | OPS | タイトル |
| 0.305 | 92 | 29 | 0.931 |
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※太字はリーグ最高(タイトル獲得)
1959年(プロ2年目・23歳)
『2年目のジンクス』とよく言われますが、長嶋茂雄さんはそんなジンクスを吹き飛ばすほどの成績を残しました!
打率3割3分4厘と、しっかりと首位打者を獲得してチームに貢献しています。
※太字はリーグ最高(タイトル獲得)
1960年(プロ3年目・24歳)
2年連続で首位打者・ベストナインなどのタイトルを取得した長嶋茂雄さん。
この年も長嶋茂雄さんの印象的なエピソードがありました。
- 7月17日の大洋ホエールズ(現・DeNA)戦で敬遠球を打ちにいってランニング本塁打を記録
敬遠球を打ってしまうだけでなくそれをランニング本塁打にしてしあうあたり、長嶋茂雄さんのバッティングへの積極性が伺えますね! - 三角ベース事件・第1回目
『一塁走者として走塁していたが後続打者の外野フライにより二塁を回った地点から帰塁する際、二塁を空過して一塁に帰る』ものです。
第1回目・・・とあるように、長嶋茂雄さんはこのプレーを3回やらかしていました(^^;)
ただ、これで終わらないのが長嶋茂雄さんのスゴイところで、相手チームの三角ベースも3回発見しているという偶然にしては神がかった『3づくし』ですね。
| 打率 | 打点 | 本塁打 | OPS | タイトル | CM |
| 0.334 | 64 | 16 | 0.964 |
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名糖ホームランバー(販売促進用ポスター) |
※太字はリーグ最高(タイトル獲得)
1961年(プロ4年目・25歳)
プロ4年目となる1961年の長嶋茂雄さんは、2冠王(首位打者・本塁打王)の他に最優秀選手(MVP)も獲得しました!
成績だけ見るとそうは思えないのですが、どうやらこの年の長嶋茂雄さんは一時期調子を落としており、9月に入って調子を取り戻したそうです。
ここでも長嶋茂雄さんらしい豪快(?)なエピソードがありました。
バッティングのポイントについて記者に説明したいわゆる『金玉ポイント』です(笑)。
長嶋茂雄さんはこのように説明していました。
『X字のラインで打つと、ポイントが金玉の上にくるのです。これが理想ですね。それがO字だと前にポイントが出る。前に出ると苦しいから、どうしても顔が上がる。』
※参考記事:週刊ベースボールONLINE『ポイントは金玉の上?/『週ベ60周年記念企画184』【1961年10月9日増大号】』
長嶋茂雄さんらしく、何ともストレートな表現ですね(笑)。
| 打率 | 打点 | 本塁打 | OPS | タイトル |
| 0.353 | 86 | 28 | 1.108 |
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※太字はリーグ最高(タイトル獲得)
1962年(プロ5年目・26歳)
この年の長嶋茂雄さんは個人タイトルは逃しています。
それでも最多安打を記録していることと、打点・本塁打数ともに1961年と大差ないので不調という訳でもなさそうです。
打率の0.288はこの5年間では一番低い数値ですが、そもそも昨今のプロ野球界を見渡せば『レギュラーなのに打率は1割台(←特にキャッチャーに多かった印象あり)』『2割2分いけば良い方』という選手もいるので長嶋茂雄さんの打率の基準の高さが改めて感じられますね!
| 打率 | 打点 | 本塁打 | OPS | タイトル |
| 0.288 | 80 | 25 | 0.876 |
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1963年(プロ6年目・27歳)
日本一に大きく貢献し、セ・リーグでのMVPだけでなく日本シリーズでもMVP(正式名称は最高殊勲選手)に輝きました!
また、カルピスの贈答用ポスターに掲載されたりと野球以外でも長嶋茂雄さんの人気ぶりが伺えました。
※太字はリーグ最高(タイトル獲得)
1964年(プロ7年目・28歳)
1964年の長嶋茂雄さんは、おめでたい出来事が2つ・あまりおめでたくない出来事が1つありました。
【おめでたい話題】
- 6月20日の国鉄スワローズ(現ヤクルトスワローズ)戦で1000本安打達成
- 11月26日婚約発表
まずは節目となる1000本安打達成です。
7年目(しかもシーズン半ばなので実質6年半)で1000本なので、1年目から毎年約150本ペースでヒットを打ってきたんですね!
2022年のペナントレースで例えれば、143試合(交流戦含む)全て出場したとして1試合に必ず1本はヒットを打っていたことになります。
そしてもう1つは、婚約発表です!
10月に開催された東京オリンピックを王貞治とともに報知新聞の特別記者として取材した時に西村亜希子さんと知り合い同年11月に婚約を発表、翌1965年1月26日にホテルニューオータニで挙式しました。
既にプロ野球界でスーパースターになっていた長嶋茂雄さんの婚約発表ですから、相当大きな話題になったのは当然と言えば当然ですね。
【おめでたくない(?)話題】
- 三角ベース事件・第2回目(^^;)
『一塁走者として走塁していたが後続打者の外野フライにより二塁を回った地点から帰塁する際、二塁を空過して一塁に帰る』ものです。
1960年に続き、第2回目となるこのプレー。
第1回目でも述べましたが、これで終わらないのが長嶋茂雄さんのスゴイところで、相手チームの三角ベースも3回発見しています。
| 打率 | 打点 | 本塁打 | OPS | タイトル | CM |
| 0.314 | 90 | 31 | 1.017 | ベストナイン | 三共製薬『ビオタミン』※2009年製造中止 |
1965年(プロ8年目・29歳)
プライベートでは1月26日に結婚式を挙げ、身を固めたばかりの長嶋茂雄さん。
8月18日の中日ドラゴンズ戦では節目となる『1000試合出場』を達成しました。
また、この年のジャイアンツは2位の中日ドラゴンズに13.0ゲーム差を付けてセ・リーグ優勝、日本シリーズも制してここからV9時代が始まりました。
1966年(プロ9年目・30歳)
30歳・9年目でそろそろベテランと呼ばれるクラスになりつつある長嶋茂雄さんですが、まだまだバッティングの勢いは止まりません!
3年振りの首位打者獲得の他、ペナントレース・日本シリーズともにMVPを獲得するなどシーズン通して活躍しました。
| 打率 | 打点 | 本塁打 | OPS | タイトル | CM |
| 0.344 | 105 | 26 | 0.999 |
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三共製薬『ビオタミン』※2009年製造中止 |
※太字はリーグ最高(タイトル獲得)
1967年(プロ10年目・31歳)
この年の長嶋茂雄さんは入団以来初めて打率ベストテンから漏れるなど、不調のシーズンでした。
打率の2割8分3厘ならそれなりの数字だと思いますが、長嶋茂雄さんのように常に3割を売っている選手ともなるとやはり基準が高くなってしまうのですね(^^;)
| 打率 | 打点 | 本塁打 | OPS | タイトル |
| 0.283 | 77 | 19 | 0.802 | ベストナイン |















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